何かを守るために戦い始めたことが、感情を制御できなくなるうちに、相手を倒すこと自体に目的がすり変わっていくことがある。
攻撃すれば、より大きな反撃を受ける。その反撃の中で守りたかったものが、壊れてなくなり、相手を倒すことだけが目的として残ることもある。
徹底的に相手を壊滅させたとしても、それは同志の中に絶対服従の不安を煽り、またそれを突き崩そうという破壊の連鎖につながる。
個人や家族をただ守るためなら、先制攻撃は非合理的でしかないのに、それを忘れさせるほどの感情を人間が持つのは、きっと種を適度に競争・淘汰させて洗練させ、強くするという全体性のためなのだろう。
もし、その原理を理解し、全体性のために自身が淘汰されることを回避するために、戦うでも、逃げるでもなく、攻撃的な何かからは、遠ざかること、関わらないこと。
これからの世界に、きっと、もっと意識的に必要なことになっていくだろう。