ラベル ビジネス一般 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ビジネス一般 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012年9月30日日曜日

「あなたがスポーツを子供にさせたから、今日食べるご飯がないの」

今日は東工大の蒲田キャンパスで行われた社会起業関係のシンポジウムに参加してきました。
http://www.teu.ac.jp/sentre/

スポーツの価値って何なのだろう、スポーツができることって何なのだろう、そんなことを深く、深く考えさせられることがあったので、心に留めておくために、久しぶりにブログを書こうと思いました。
------------------------------------------------------------

このシンポジウムでどうしても聞きたかったのが、大学時代に一緒に障害者とのスポーツ交流会のプロジェクトをやっていた山田貴子ちゃん(以下から、やまちゃん)の経営しているWAKU WORK Englishの話。
http://wwenglish.jp/
フィリピン人の英語教師と日本人をSkypeで繋ぎ、ビジネスにするもの。ただ、安価な英語レッスンというだけではない。フィリピン人がしっかり稼げるビジネスモデルを構築し、フィリピンの若者の自立や夢を追うことを支援しようとしている。

スポーツ大好きっ子だったやまちゃん。大学4年生まではスポーツでフィリピンの子供達を笑顔にしたいと言ってフィリピンに何度も通っては、ストリートチルドレンとバスケットボールをしていた。満面の笑みの子供たちに囲まれて、楽しい時間をすごしていたけれど、4年生の終わりも近づいたころ、フィリピン人の子供の母親の一言が彼女の考え方を一気に変えたという。

「子供達は楽しいし笑ってるけど、あなたと一日遊んでいたせいで、子供がはたらくことができず、私たちは今日食べるご飯がないんだよ」

ボクはその場にもちろん居たわけではないし、やまちゃんから間接的に聞いた言葉にも関わらず、スポーツを愛する人間としてすごく悔しい思いがした。でもこれが現実であって、認めるべき事実なんだって思った。やまちゃんはそこから、本当にフィリピンの役に立つにはフィリピンの人が経済的に自立し、夢を追うために、ちゃんと稼げるビジネスモデルを現地でつくらなくちゃいけないと思ったという。

スポーツの果たせる価値って何なのだろう。スポーツに求められる役割ってなんなんだろう。もちろん、フィリピンと日本では状況が違う。でも、フィリピンの子供のお母さんが言っていたことは、すごく本質をついているのだと思うのだ。

「部活動ばっかりやってないで、勉強しなさい。いい大学に行きなさい」

そういう日本人の母親も、遠からずフィリピンの母親と同じことを言っている。その反論としてボクらは部活動は「チームワーク」「ヒトとヒトのやり取り」「礼儀作法」を知るこれとない場所とかと言ってスポーツの価値を正当化しようとする。

だけど、それってスポーツだけ特有の価値なんだろうか。WAKU WORKに勤めるフィリピン人の学生は、スポーツをしていなくたって、英語を一生懸命勉強し、組織の中で頑張り、仲間と励まし合い、稼げるようになって余った奨学金を孤児院に寄付し、立派に社会との関わり合いの中で生きている。しかもやまちゃんはこういう。

「私が一般企業さんに研修として使ってもらえないか営業に行く時は、一切フィリピンの事情は話しません。単純に英会話教室の他社さんと比較して、安価かつ高品質のサービスであることだけを強調して使ってもらうよう営業しています」

こういう姿勢こそがフィリピン人に自尊心をもたせ、自立に導くのだと思う。僕が親だったら、適当に部活動をやるくらいなら、きっとWAKU WORKでインターンしてきなさい、と思ってしまうだろう(部活を適当にやるような子はWAKU WORKでは必要とされないと思うけど)。



スポーツを通じて社会問題を解決する。スポーツにしかできないことがある。決してその想いは消えてはいないし、揺らいでもいない。けれど、今日話を聞いて衝撃を受けた現実は、目を背けずにいたいのだ。


「あの時スポーツに出会えたことが、自分の人生で本当に役にたっている」
「スポーツを選んだからこそ、本当にあの子は強く生きていく力を身につけた」


今を生きる子供達が、今を生きる子供達を想う母親達が、10年後、20年後、そう思ってくれるように。そして、


「スポーツの力があるからこそ、今の日本が強く、逞しくある」



20年後、30年後、そんな社会になっているように。そんなふうに僕自身が振り返れるように。コツ、コツ、コツ、コツ、近道はない。今できることを行動として積み重ねていこうと思う。

今度は社会人として同じフィールドで、もっともっと高いハイタッチができる日が来るように。


やまちゃん、ほんとカッコ良かったな。もっと自分もがんばろっと!


山田貴子ちゃんのインタビュー記事
http://webronza.asahi.com/synodos/2012021700001.html

やまちゃんと一緒にやってたバリアフリースポーツ
http://city-sports.sfc.keio.ac.jp/top.htm

2011年12月15日木曜日

Twitterが無くなることはあるのか?「サービスを選ぶ」は「会社を選ぶ」

めちゃくちゃ久しぶりの更新です。

12月15日8時現在、Twitterが調子悪いみたい。facebookと比較するとTwitterの方が不具合の頻度が多い様に思う。多分、それは運営側の能力によるもの。財務情報見てないから規模の差は確実には分かんないけれど、相当社員数・資本規模が違うと思う。運営する会社の能力が違えば、ミスや不具合の量も当然変わってくる。

そう考えると、今後半永続的に使う予定のサービスを選ぶ時はそのサービスの質だけじゃなくって、そのサービスを運営する経営者の能力も消費者は見るべきなんだと思う。googleもAppleもfacebookもtwitterも会社が潰れてしまったら使えなくなってしまう。ほんとにいいサービスだったらどこかが買い取るけど、多分買収先の機能を基に特質が収斂して、被買収先のサービスの受益者は不都合を被る事になるのだと思う。実際、昔使ってたブログの会社が事業撤退して、ブログが無くなっちゃったこともあった。

会社も含めてサービスを選ぶ目、会社が潰れたときのことも考えたバックアッププラン。規制緩和と自由が進めば進む程、「判断」と「選択」の「結果」の責任が全て自分に降り掛かってくる。

もし、googleが潰れたとしたらたぶん、今までの連絡先を全て失いgoogleを責め立てる人が出てくると思うけど、googleは僕らから一銭もお金をとってない(有料サービスも一部はあるけど)。googleから使ってくれなんて営業マンの接待を受けた事も無い。

よくよく考えてみれば、自分の「判断」でyahooでなくgoogleを「選択」しただけであり、根本の責任はgoogleというサービスとgoogleという会社を選んだ自分なのだ。「会社を選ぶ」という隠れた自分の行為がほとんどの人にとって意識されていないというのが現状なのだと思う。

サービスを選ぶ時にそのサービスを生み出す企業や経営者にも目を向けること。TPPなんかで自由化が進み、実力がない企業は淘汰されていく時代にはとても重要になるんじゃないかと思った。

なーんて。昨日、会社の戦略的パートナーの財務分析をしていて、今日は休暇で思いがけず早起きして、ちょっと時間があったのでこんな事を書いてみたりしたのでした。

2011年1月13日木曜日

コネは悪くない!?コネの真実に迫る(2)

前回はコネクションとネットワーク、そしてネットワークの効用について説明しました。今回はネットワークの負の側面に触れます。総括へと移ります。次回の記事ではネットワークの構築の具体的な手段について書きます。


【前回記事】
http://hiro-tanaka-19840522.blogspot.com/2011/01/1.html


(参考文献)
    

-------------------------------------------------------------------------------------

ネットワークの利点は大きく3点あると考えます。ちなみに強いコネクションを数多く持っていることを「広範なネットワークを持っている」とか「強いネットワークをもっている」と表現したりします。例えば、「島本さんはバスケットボール界において幅広いネットワークを持っている」という言い方もできるでしょう。さて、本題に戻ると、強いネットワークを保持していると、信頼を得ることが容易になることから、行動範囲が飛躍的に拡大します。就職活動はまさにこの例ですし、信頼があればビジネスの商談も早くそしてより大きな規模で進められるでしょう。また情報の収集力も向上します。情報は自分で探すよりも専門家に聞くのが一番早く効率的だからです。今アメリカで流行のラップミュージックが知りたいときに、もしアメリカ人の詳しい友達がいれば、その人に聞くのが一番早く効率的です。自分で探そうとすると、インターネットなど大量の情報の中からさがしたり、もしくは色々視聴したりして、多くの時間を割かねばなりません。最後に、ネットワークによって創造力も向上するとも言われています。ネットワークが広ければ広いほど、いろいろな人からアイデアをもらったり、自分の意見にアドバイスを求めたりすることができるからです。

しかしながら、ネットワークが問題になる例も存在します。それは仲介者が公正な倫理観を持っていない場合です。例えば、仲介として賄賂の要求や売春行為が主なものとして上げられます。また自分の単なる好き嫌いや血縁関係、機嫌によって判断を決めるような人間が仲介をすると、不公平が生じます。このような状況、風潮を”官僚主義”といいます。官僚主義が蔓延すると先ほど述べたA君の立場に当たる人間は、仲介者の機嫌をとることのみに専念し、本来専念すべき研究や、活動成果の向上のために努力をすることをしなくなってしまいます。この状況が過激化すると、コネクションを得ることだけに秀でた無能な人間にますます力と資金が集中し、実力を備えていてもコネクションを得ることが難しい人間はどんどんチャンスから遠ざかります。不条理な風潮が漂うようになり、全体のモチベーションは低下します。その結果、経営陣は、非倫理的かつ無能な人間で構成されるようになり、ずさんな経営の末路には、一線を越えた瞬間に、色々な人を犠牲にしながら一気にシステムが崩壊する可能性があります。ライブドアや村上ファンドは典型的な例で、経営者の不祥事が原因で経営者と関与した人間が信頼を失い、事業の撤退を余儀なくされただけでなく、日本の株価市場に大きな打撃と、株式投資に対する不信感を生み出しました。(今読み直してみると、話を大きくしようとして、ちょっと論点がズレてますね。ライブドアと村上ファンドの例はネットワークの負の事例とはあまり関係のない、自由資本主義の負の側面から起きた事件だと今は思います。まだ小沢一郎さんの献金問題の方が具体例としては近い気がしますが、学生の時に書いた記事そのままにしておきます。)このようなスキャンダルは日本でも数多く発生しており、悪い例は世間一般にあっという間に広まるのが通例です。恐らく、これらの事実が日本人のコネに対する嫌悪感が強めているのだと思います。仲介者も仲介される側もコネクションの機能を活用する際は、官僚主義下の仲介行為がもし明るみに出れば双方が社会的信用を一気に失い、職を失うだけでなく、永久に汚名を負って生きることを余儀なくされる可能性があることを常に心に留めねばなりません。アメリカではビジネスにおける不正行為は厳しく禁じられており、法律としても、社会的圧力としても、抑止力は日本より格段に強いようです。アメリカでそのルールを破ろうものならビジネス界から永久に追放されます。正式な契約以外でのお金のやり取りはもちろん、アメリカではビジネスでの関係がある人々の間においてギフトを交換することですら一切許容されていません。ビジネスにおける公正、公平の倫理観そしてそれを強要するルールが強く働いている状況においてのみネットワークの機能は正常に働きます。仲介の状況判断は、それまでの活動の成果また、成果に至るまでのプロセスによってのみ判断されるべきなのです。

しかしながら、忘れてならないのは、ネットワークを正しく使えば、非常に有益であるということです。日本バスケットボール界には官僚主義が強く蔓延しているかのように見えます。Hoop HysteriaのWeb上のだむだむ探検隊のレポートを読む限りでは、世界選手権のマネジメントはそれを反映しているように思われ、また相当深刻な状況であるように思われます。これらの状況を打破するには、ネットワークの原理、影響力を正しく理解すると共に、どうその壁を乗り越えていくか、戦略を立てることが必要なのです。自分が公正かつ公平な人間であると胸を張っていえるのであれば、自分はネットワークを得るのにふさわしい実力をもっていると自信を持っていえるのならば、コネクションを使うことをためらってはいけません。また、今はネットワークをもっていないとしても、バスケットボールに対して何か貢献できると信じるもことを諦めずに実践し、社会発信を続けていれば、公正な倫理観と強力なポジションの両方を持ち合わせた人間がいつか必ず評価してくれます。それは私たちの組織したSMRGでの実践活動から強く感じたことです。確かに日本のスポーツ界の官僚主義はアメリカよりはるかに強く、希望は小さいかのように見えます。しかし、理想と現実のギャップをしっかりと把握し、戦略を立て、それを実践に移す強い意志があれば、明るいバスケットボール界の将来を見ることは決して不可能ではないと思っています。

次回は、どのようなネットワークが望ましいか、どのようにネットワークを作るのか等、ネットワークに関してもっと踏み込んで述べたいと思います。

それではまた次号!
-----------------------------------------------------------------------
次回はネットワークの構築の仕方について述べます。

コネは悪くない!?コネの真実に迫る(1)


大学時代、コミュニティ論を勉強していた事から、アメリカに留学中に書いた記事です。社会人になった今、なおさらネットワークの重要性を感じています。スポーツ界で働きたい、でもどうすればいいのか分からないという人に加え、スポーツ界に限らず就職活動している学生にも何かしらのヒントを与えられればと思います。今回の題目でコネを学術的に説明した後、その後の題目でネットワークを作る上でのボランティアの有用性を論じます。

(参考文献)
    
-------------------------------------------------------------------------------------

ついにNBAが開幕しました。既に数回NBAを見に行っているのですが、11月5日の試合では、40周年を記念し、歴代の名選手がコート上に登場しました。デトレフ・シュレンプ、サム・パーキンス、そしてさらにはショーン・ケンプも生で見ることができました。過去のハイライト映像等、豪華な演出に加え、当日の会場はほぼ満席で、式典中の一体感には鳥肌がたちました。

今回は”コネ”の基本的な考えと重要性について述べたいと思います。

さて、コネと聞いたとき、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。「あいつ、教授のコネで大手企業に受かったらしいよ」「アイツがいい大学入れたのはどうせ親のコネだろ」などの会話はよく聞くコネの使用例だと思います。日本でコネ、というと、汚い、媚を売る、などが連想され、どこかネガティブな響きがしませんか。私の考えでは、日本人にはコネに対して嫌悪感を抱く人が多いように感じます。

しかし、アメリカではコネはビジネスをする上で決定的な要素であり、アメリカ人もそれを認識しているため、日本ほどネガティブな響きを含みません。アメリカは実力社会だ、というイメージからか、人間関係のしがらみなどほとんど無く、実力だけが何よりも評価されると勘違いする人がいますが、実はアメリカは日本以上にコネ社会で、さらに学歴社会です。イチローがマリナーズに来られたのも、コネの影響力が大きかったといわれています。イチローの元出身の球団である元オリックス・ブルーウェーブは任天堂の本社がある神戸が本拠地ですし、シアトル・マリナーズのオーナーは任天堂の社長です。程度はあるにせよ、選手獲得の意思決定に影響力があったことは間違いありません。(これは当時の推測です。事実に基づいた発言ではありません。)


コネに対する偏見を解決するため、コネの定義や基本原理について解説したいと思います。まずコネ、とは英語の”コネクション(Connection)”に由来します。状況によって意味や定義がやや曖昧なので、ここでは単純に「人と人のつながり」と定義したいと思います。図1ではAさんはBさんに対してネットワークをさらに類義語としてよく用いられる”ネットワーク”ですが、ここでは「コネクションの集合」(図2)と定義したいと思います。その意味でコネクションとネットワークは意味が若干異なります。次に、コネクションやネットワークが就職や仕事に有効に働く基本原理について例を挙げながら述べたいと思います。


AさんとBさんの間には過去の経験から、強い信頼関係があります。さらにBさんとCさんも同じように強い信頼関係があります。AさんとCさんは全く面識がありません。しかし、BさんはAさんもCさんも強く信頼しているわけですから、CさんはAさんにとって信頼できる可能性が高いといえます(図3)。Bさんのような存在を”仲介者”、また仲を取次ぐ行動を”仲介”とここでは定義します。この原理は非常に近い好みをもっている友達が強く推薦してくれた女の子は、高確率で自分の好みにあっているのと似ています。ではもう少しまじめな、就職の例に置き換えてみましょう。A君はB教授にゼミでの献身的な活動を通じての厚い信頼があります。B教授は大手企業の社長であるC氏と過去の仕事の成功を通じての強い信頼関係があります。B教授がA君をC氏に強く推薦したので、A君とC氏は一度面接をしただけで、一般公募とは別に大手企業の内定を獲得しました。これはコネクションが有効に機能した例です。このような例は表立って見えづらい現象ですが、実は数多く存在します。


ここで、C氏はA君のことをもっと調べるべきだ、他の人に不公平だから一般公募を受けるべきだ、と思う人もいるかもしれません。しかし、コネクションに基づく人間評価は、何千、何万という学生を一度に相手にする企業面接よりはるかに効率的です。時間はいつも限られています。一般公募の場合は、大体の場合、1、2ヶ月の間に数枚の履歴書、5回程度の面接で人間を判断せねばなりません。この状況下で全員を公正に評価することなど不可能です。1、2ヶ月の期間ならば、自分の能力を誇張したり偽ったりして表現することも可能ですし、テストや口先のみに優れて、実際は無能な人間はたくさんいます。逆もしかりで、短時間で自分を表現することは不得手でも、長期間の仕事になると卓越した能力を発揮する人間もいます。その一方でコネクションの場合、1年もしくは2年間など、じっくりと観察した上での仲介であれば、その企業にふさわしくない人間を採用してしまう危険性を一般公募より遥かに削減することができ、より正確な判断を短期間かつ少ない費用で可能にします。お見合いのカタログから自分の結婚相手を選ぶのと、親友の勧める女性と交際してみるのとでは、どっちの方が安心できるでしょうか。もちろん、親友、ですよね。
------------------------------------------------------------------------
(続きの記事)
http://hiro-tanaka-19840522.blogspot.com/2011/01/2.html



2010年12月5日日曜日

会社の利益か、社会の利益か~エージェンシー理論とスチュワードシップ理論~(2)


前回の投稿の続きです。

4年前の文章ですが、自分の軸となる想いが変わっていない事が分かりました。ビジネスというフィールドからアプローチする上で、僕が大事だと思う事のほとんどが、この文章に盛り込まれています。



(参考図書)
    

-------------------------------------------------------------------------------------------
スチュワードシップ理論では、企業の達成こそが焦点であり、企業と株主の理念の一致が前提なので、非倫理的な行動が発生することはエージェンシー理論よりは少ないと思われます。ここでのポイントは投資家へしっかりと企業の存在目的を伝えると共に、両者の利害を常に一致させるのがポイントとなります。その一方で、資産を拡大させようとすることに焦点を当てた大資産家からの投資はエージェンシー理論よりは望めず、企業を拡大化し、収益を増やしていく勢いは弱いと思われます。また、収益以外の何をもって、企業の達成を図るのかは非常に大きな問題です。

スチュワードシップ理論がより優れた理論に見えるかもしれませんが、お金を儲けようとする動機は社会を突き動かす大きな要因として存在することを忘れてはいけません。理念はものすごく素晴らしく、やっていることは誰から見ても善良な事業、しかしながら、いつまでも月20万円くらいの給料。理念も悪くないし、やっていることも別に倫理に反しているわけではないくらいの企業だが、月収100万円。どちらを取るかは人それぞれですが、少なくともどちらを取るか心の中で揺れるのが人間で、これが現実です。また企業は社会の一部であるために、生み出した利益を社会に還元すべきだ、また存在そのものが社会に貢献するものであるべきだ、という考えもあるかと思います。しかしながら、どうやって社会に貢献していることを図るのかが問題になります。何が人を幸福にして、何が人を不幸にするのか、それは非常にあいまいな問題です。依然として収益の大きさが企業を評価する上での一番の尺度とされているのは、一番数字に表しやすく手っ取り早い方法であると共に、社会に貢献しているかどうかを測る尺度がいまいち発展していないことに起因しています。

要は両方の理論とも一長一短であるということです。両方の理論に共通して言えるのは、経営者が両理論の長所、短所を踏まえながら、正しい理念を持って経営をすることが重要だということです。本当に優秀な経営者は、社会に貢献しなければ、そのうち顧客に見放され、いつかは企業として成立しなくなること、またどんなに社会貢献してもお金がなければやっていけないことを心得ています。また社会に対して貢献している企業が、もっともお金を稼げるような制度、社会的プレッシャーを作ることも重要です。そのためには社会に貢献している度合いを測るような有効なツールを発明すること、社会貢献活動の報告に関する制度の整備などがあげられます。また私たち自身が非倫理的な方法でお金を稼いでいる企業の商品を買うのを辞めて、少し高値でも素晴らしいことをしている企業の商品を買うといったような姿勢、またそういったことを教育として後世に伝えていくことが重要になると思います。

なぜこのような説明を長々としたかというと、このビジネスの視点から、スポーツの分野に焦点を絞っているだけでは見えてこないことがあるということ、さらに日本のスポーツは社会的な重要性を保ちつつも、お金をしっかりと稼いでいくことが必要なのだということを強調したかったからです。スポーツビジネスという分野が注目され始め、ビジネスの観点がどんどんと日本スポーツ界に流入してくる中、ビジネス化が加速するとどのような状況が起こりうるのか、それを前もって学び、同じ過ちを繰り返さないようにするのは非常に重要です。スポーツの公共性は非常に高いがために、スポーツが一部の利益に利用されるような間違った方向に行かないよう、幅広い視野を持ち続けるのは将来のスポーツ界のリーダーにとっては非常に重要な視点であると思っています。


2010年12月3日金曜日

会社の利益か、社会の利益か~エージェンシー理論とスチュワードシップ理論~(1)


昔、HOOPHYSTERIAに載せて頂いていた記事を載せます。大学3年生の終わりに休学して1年間留学していた時に書いたので、普通であれば大学4年生の時期。自分はビジネスの専門ではありませんでしたが、当時は当時で一生懸命勉強していたんだなぁ、と我ながら関心(笑)今よりも全然知識量が無い中書いていますが、それほどロジックがおかしな点は無いと思います。2回にわけてお届けします。少し訂正が必要な部分は赤字で補足してあります。
(参考図書)
    
---------------------------------------------------------------------------
インターンシップも始まってから1ヶ月がたとうとしています。インターンということもあり、アシスタント的な仕事、悪く言えば雑用的な仕事が多いのも確かですが、全部英語なので、雑用とはいえ、かなり英語の勉強にもなっています。さらには現場を直接この目で見られることはかなり大きく、毎日が勉強の日々です。3月の初旬にインターンが終わるのですが、あっという間に時間が過ぎてしまう気がします。

連載の最初のほうで、お金を生み出すことについての姿勢の違いについて日米比較をしました。(順序が前後しますが、先にこれを読んでも特に問題は無いので、後でこれについてはアップします)今回はややスポーツという話から離れますが、もっと踏み込んでビジネスの始点からその理念の根本は何なのかについてを説明したいと思います。ビジネスという概念が注目されスポーツに取り入れられる中、経営の根本的な考え方を知るのはスポーツの将来を考える上で非常に重要だと考えるからです。

アメリカと日本では経営に関し、コンセプトに大きな違いがあります。分かりやすくするためにここで株式会社の仕組みを簡単におさらいした後、エージェンシー理論、スチュワードシップ理論を紹介したいと思います。

まずは株式会社について説明します。世界史で習ったかもしれませんが、世界最初の株式会社は東インド会社だといわれています。17世紀始め香辛料が破格の値段であった時代、貿易で香辛料を輸入すればものすごい儲けが得られたものの、そのために大きな費用が必要でした。大きな船、大量の乗務員、長旅に耐えうる食料、などなどです。しかし船が海賊に合って破壊される、天災にあって沈没するなど、航海には大きなリスクを伴いました。成功したら大儲け、しかし失敗したら大損。当時貿易はギャンブルのようなものでした。そこで発明されたのが、株式です。東インド会社がお金持ちからお金を集めて回ります。「航海にはお金がかかるんです。もし貿易に成功したら、何倍にしてでもお金を返します。だからうちの会社を投資してください。失敗したら痛みわけになりますが、うちの会社は成功率のほうが高いんですよ、信じてください!」というような原理です。逆に伝統的な会社形態の有限会社(2006年5月の会社法の適用で、有限会社は株式会社の一部となることなりました)は、基本的に自分の手元の資金で経営をやりくりする企業のことを表していました。そのため事業の大きさは基本的に株式会社よりも小さいことになります。

簡単にまとめると、お金儲けできる規模の大きなことをするには大量のお金が必要。そういう事業は儲けも高いがリスクも高い。億万長者か一文無しの二者択一じゃあ一文無しになるのが怖くてやってられない。だから儲けもリスクもみんなで分け合おう。それが株式の基本的な概念です。

ここで理論が二つに分かれます。投資家(株主)がお金を払っているのだから、会社は株主に対してできるだけお金を返せるように努力しなければならない。これがエージェンシー理論です(ちなみにAgencyとは日本語で仲介、代理という意味です)。パワーは株主が持っていて、会社は株主から預かったお金をどうやりくりして、できるだけ増やしてお金を返す(配当)かが最大の焦点になります。(実際は配当だけでなく、値段が上がったあとに株式を売却する事による売却益も入ります)小難しく言うと、企業は株主の利益を最大化するために存在している、というのがエージェンシー理論で、アメリカの多くの企業がこの理念でもって動いています。だからアメリカの講義では「利益を最大化するのが経営だ!」と繰り返し、繰り返し、キーワードとして用いられます。

その一方で、企業が事業を達成するために、株主から資金を募っているのだとするのがスチュワードシップ理論です(Stewardshipとは経営、管理という意味です)。「私たちが達成したいことが第一です。達成にはお金が必要なんです。それに共感してくれて、お金を投資してくれたなら、もちろんお金を増やして返します。」これがスチュワードシップ理論の主な考えです。日本企業ではこの発想が強いといわれています。

エージェンシー理論では、株主のお金を儲けようという動機が、会社を突き動かすことになります。お金が儲けられる企業には投資化が積極的に投資し、企業はどんどんと大きくなり、大きな事業をし、また利益を得、投資をさらに得るというような循環をします。収益をより大きくしていくにはこの理論は有効に働くと思われます。しかしながら、株主の利益と、企業の利益が相容れないときに問題が発生します。たとえば株主がお金を儲けるためだけに多額の投資をしていて、これから企業が収益の低いがより理念に沿った事業を進めたいとします。しかしこの理論下では株主の意向を最優先しなければならないため、もし株主に、「そんな意味のないことをしたら株を全部売るぞ!」といわれたら、事業をあきらめるか、その優先順位を下げねばなりません。(実際は株を売られても、会社の資産残高には影響しません。株価の値下がりによって資金調達が難しくなったり、株主総会で意思決定を否決されたりする可能性があります)もう一つは株主から投資を得ようと、経営者が収益や株価の拡大だけを目的とした非倫理的な行動に出ることがあります。アメリカの超有名企業として知られていたエンロンのケースがまさにそれで、企業が社会一般に公開する報告書に収益を水増しして記載し、それを信じた株主達が投資を加速させました。その結果、莫大な資金がエンロンに集まったものの、正当な配当を返せるだけの実態が伴わず、経済に深刻な経済的なダメージを与えて倒産しました。多くの人たちが大量の資産を失ったといわれています。

続く
(次回投稿)http://hiro-tanaka-19840522.blogspot.com/2010/12/2.html

2010年10月5日火曜日

トップダウンとボトムアップ

ボトムアップって便利だなと思った。一つのコンテンツに複数の属性を貼れるのがボトムアップ。一方で、階層化できるけど、つまるところ一つの属性しか貼れないのがトップダウン。

このブログはボトムアップ。でもうちの会社は完全なるトップダウン。

ツールとして使うには、個人的にはボトムアップが好きだけれど、うちの会社がボトムアップで成功するかと言えばそうでもない。数百億の投資案件をボトムアップの思想で推進するのはリスクが大きすぎる。機動力を重視するか、慎重さを重視するか。規模は大きいか、小さいか。

近年、ボトムアップこそが善!みたいな強調のされかたをすることが多いけれど、そんなことも無いと思う。要は使い方と、バランス感覚。それは日本のバスケットボールにもきっと言えること。

まあ、うちの会社も大規模案件であっても案件の提案するのは若手担当者が多いし、その実行を判断するのが上位の職位の人間ってだけで、その意味ではまあまあバランス取れてるのかな。