2011年6月17日金曜日

「組織」と「想定外」

2011年6月16日の日経朝刊から。東京を直撃するM7.3の地震は30年内に70%の確率で起こり、想定損失は112兆円という。今すぐ日本が大きく変わらないと、どうやら関東の人間に未来は無い様だ。 信憑性は分からないが、この数字が嘘でもいいと思う。一人一人が当事者意識を持ち、日本が変わるきっかけになるならば。

メディアは政府を叩き続ける。遅かれ早かれ管政権は確実に退陣するだろう。しかし、誰がリーダーになってもかわりやしない。もはや政府がどうこう言っている場合ではないのだ。そもそも今回の事態を誰もが納得できる方法で解決することなど不可能だ。今回の「想定外」は恐らく人間一人が扱えるキャパシティを超えている。

言葉の遊びではないが、想定外の事態を既存のルールが想定できる訳はない。組織はルールの成文化によって成り立つ。ルールを超えようとするとき、その責任は組織に属さず、個人に跳ね返ってくるから個人は怖くて動けない。組織として動けるようになるにはルールを変えるしかないが、ルールは未来の行動に大きく影響を与えるため、例外をルール化してしまうと大きな弊害が発生することがある。そうやって未来に起こりうる弊害をあれこれ想定しているうちに、大切な時間、大切な命が失われていく。

想定外に組織は対応できないのだ。想定外が全てを変えるこの時代に組織に未来を託すこと自体が間違いなのだと思う。リーマンショックが起きたとき、その「想定外」を「ブラックスワン(映画のブラックスワンとは無関係)」というふうに表現した本が流行ったこともあった。

想定外を超えるのは、結局は個々人がバラバラの情報から真実を掴み方向性を見いだす適時適切な状況判断力、利害を超えたコミュニティによる相互補助の力だと思う。 結局は個人が強くなること、生きる上で必要な仲間を自分で作ること、その総体でしか日本は次に来る危機を乗り越えられないのではないか。

人任せの体質がこの日本を蝕んでいく。少しずつでいい、個々人が体を動かし、現場から感じ、現場から学び、日本の未来の為に行動を起していくこと。その積み重ねでしか日本は変わっていかないのではないかと思う。

だからこそ、まず自分自身が動き続けること。現場を見て、動いて、そして学んだものを基に常に自分を変化させていくこと。それを大事にしていたい。