2010年12月31日金曜日

限りある時間の中で

限りある時間の中で、終わりある人生の中で僕は何を遺せるだろう。死ぬことを選ぶことは誰でもできる、でも生きる時間を選ぶことは誰もできない。そんな人生の中、明日自分が死ぬこととなっても、胸を張って僕は次世代に何か価値を残すことができた、そう言えるだろうか。そんなことを年の瀬に想っている。

色々なことがあった。自分の仕事のできなさに打ちひしがれ、逃げたくて会社を心のそこから辞めたいと思った。学生時代に命を懸けて守ってきた、共に歩んできた組織が無くなってしまいそうになった。大事な人を傷つけ、仲間を失いそうになった。心の底から好きだと思える人と出会って、でもその想いは届かなかった。仕事では大きな難題が発生し、挫けそうになった。失敗や怒られることばかりだったけれど、今思うとどれも自分にとって学びと成長の連続だったように思う。

とりあえずこうして年の瀬を幸せな気持ちで迎えられるのには、多くの支えがあったからだ。

会社を辞めたいと思ったとき、普段は僕の人生に全く介入しない父が僕を呼び出して飲みながらこういった。「会社を辞めるのは構わない。でも、今の会社以上にお前の夢を現実化するのに近い会社がどこにある。逃げても同じだ。せめて自分のアイデアを全力でぶつけてから辞めて来い。そうでなければ一生後悔するぞ。」僕は夢の達成と程遠い自分と向き合うのが怖くて、逃げたかっただけだった。

仲間を傷つけていながら、突っ走って周りが見えなかったとき、僕が心から信頼する後輩が言ってくれた。「あなたはなぜ周りを傷つけていることに気がつかないのか。彼らの想いに、彼らの気持ちにもっと耳を傾けてくれ。そして彼らが必要としている言葉をかけてあげてくれ。誰も今のあなたにはついていけない。」仲間のためだと想って全力で走っていたことが、害でしかなかった。それを受け入れるのは辛く、苦しく、涙が止まらなかったけれど、友のおかげでもっと大きな不幸を味わわずに済んだ。



ずっと、僕は今の会社にいる価値がないと思っていた。もらっている給料以上の価値を生み出している自信など全くなかった。会社にとって損失、お荷物でしかない。それは凄く辛く、僕の生きている意味までも否定するものだった。

そんな時、自分の心に言い聞かせるのは「周りと比較するのはやめよう。昨日よりも少しでも成長できたなら、自分を褒めてあげよう」ということだった。起きるほうが辛くて12時間以上寝ていた休日も、少しでも本を読んだ。自己啓発、金融、会計、ファイナンス、脳科学、経済、話術、たぶんこの2年で読んだのは100冊以上。でも、覚えているのは一冊一行あればいいほうで、仕事になったら忘れてしまっていた。学んだことを実践できない自分に嫌悪感を抱く毎日。怖かった。勉強しても勉強しても、きっと自分は仕事ができるようにはならない。自分の夢に敗れた負け犬として生きていくのが、凄く怖かった。

でも、あるとき、点が線になり、線が面になり、そして面が立体になる瞬間があった。突然、仕事がうまく回り始めた。11行しか覚えていなくても、100冊も本を読み、それに経験が伴えば、安い本くらいにはなるものだ。

そこから、調子に乗ったのもあって、色々な失敗をした。たくさんの人を傷つけてしまった。でも、心の底から僕のことを想っていてくれる人の支えがあって、全てを失うことなく、今、なんとか幸せな自分でいられる。



始まったときは終わりのことなんか想像できなかった2010年。それもあと数時間で終わろうとしている。きっと、僕の人生もこんなふうに終わりを告げるのだろう。

いつ死んだとしても、納得できる人生を歩んでいたい。そして、あわよくば、僕が生きたことが他の人にとってマイナスであるよりはプラスであってほしい。少なくとも今、この瞬間に核兵器が日本に落とされて、朽ち果てることになっても自分の人生に後悔はしないだろう。そう思えることがどれだけ幸せなことか。

次の年も、ひとつずつ前へ、いつの時も自分の弱さや小ささから目を背けず、等身大の自分と向き合っていたい。2010年の始めに立てたテーマ「等身大」と「Small Steps」。とりあえず達成できたかな。

僕を支えてくれた全ての人たちに、本当にありがとう。自分が小さくて、小さくて、悔しいけれど、迷惑をたくさんたくさんかけて不甲斐ないけれど、一日でも早く恩を返せるように、僕は来年も一生懸命生きていきます。

来年もどうぞ、どうぞよろしくお願い致します!


2010年12月5日日曜日

会社の利益か、社会の利益か~エージェンシー理論とスチュワードシップ理論~(2)


前回の投稿の続きです。

4年前の文章ですが、自分の軸となる想いが変わっていない事が分かりました。ビジネスというフィールドからアプローチする上で、僕が大事だと思う事のほとんどが、この文章に盛り込まれています。



(参考図書)
    

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スチュワードシップ理論では、企業の達成こそが焦点であり、企業と株主の理念の一致が前提なので、非倫理的な行動が発生することはエージェンシー理論よりは少ないと思われます。ここでのポイントは投資家へしっかりと企業の存在目的を伝えると共に、両者の利害を常に一致させるのがポイントとなります。その一方で、資産を拡大させようとすることに焦点を当てた大資産家からの投資はエージェンシー理論よりは望めず、企業を拡大化し、収益を増やしていく勢いは弱いと思われます。また、収益以外の何をもって、企業の達成を図るのかは非常に大きな問題です。

スチュワードシップ理論がより優れた理論に見えるかもしれませんが、お金を儲けようとする動機は社会を突き動かす大きな要因として存在することを忘れてはいけません。理念はものすごく素晴らしく、やっていることは誰から見ても善良な事業、しかしながら、いつまでも月20万円くらいの給料。理念も悪くないし、やっていることも別に倫理に反しているわけではないくらいの企業だが、月収100万円。どちらを取るかは人それぞれですが、少なくともどちらを取るか心の中で揺れるのが人間で、これが現実です。また企業は社会の一部であるために、生み出した利益を社会に還元すべきだ、また存在そのものが社会に貢献するものであるべきだ、という考えもあるかと思います。しかしながら、どうやって社会に貢献していることを図るのかが問題になります。何が人を幸福にして、何が人を不幸にするのか、それは非常にあいまいな問題です。依然として収益の大きさが企業を評価する上での一番の尺度とされているのは、一番数字に表しやすく手っ取り早い方法であると共に、社会に貢献しているかどうかを測る尺度がいまいち発展していないことに起因しています。

要は両方の理論とも一長一短であるということです。両方の理論に共通して言えるのは、経営者が両理論の長所、短所を踏まえながら、正しい理念を持って経営をすることが重要だということです。本当に優秀な経営者は、社会に貢献しなければ、そのうち顧客に見放され、いつかは企業として成立しなくなること、またどんなに社会貢献してもお金がなければやっていけないことを心得ています。また社会に対して貢献している企業が、もっともお金を稼げるような制度、社会的プレッシャーを作ることも重要です。そのためには社会に貢献している度合いを測るような有効なツールを発明すること、社会貢献活動の報告に関する制度の整備などがあげられます。また私たち自身が非倫理的な方法でお金を稼いでいる企業の商品を買うのを辞めて、少し高値でも素晴らしいことをしている企業の商品を買うといったような姿勢、またそういったことを教育として後世に伝えていくことが重要になると思います。

なぜこのような説明を長々としたかというと、このビジネスの視点から、スポーツの分野に焦点を絞っているだけでは見えてこないことがあるということ、さらに日本のスポーツは社会的な重要性を保ちつつも、お金をしっかりと稼いでいくことが必要なのだということを強調したかったからです。スポーツビジネスという分野が注目され始め、ビジネスの観点がどんどんと日本スポーツ界に流入してくる中、ビジネス化が加速するとどのような状況が起こりうるのか、それを前もって学び、同じ過ちを繰り返さないようにするのは非常に重要です。スポーツの公共性は非常に高いがために、スポーツが一部の利益に利用されるような間違った方向に行かないよう、幅広い視野を持ち続けるのは将来のスポーツ界のリーダーにとっては非常に重要な視点であると思っています。


2010年12月3日金曜日

会社の利益か、社会の利益か~エージェンシー理論とスチュワードシップ理論~(1)


昔、HOOPHYSTERIAに載せて頂いていた記事を載せます。大学3年生の終わりに休学して1年間留学していた時に書いたので、普通であれば大学4年生の時期。自分はビジネスの専門ではありませんでしたが、当時は当時で一生懸命勉強していたんだなぁ、と我ながら関心(笑)今よりも全然知識量が無い中書いていますが、それほどロジックがおかしな点は無いと思います。2回にわけてお届けします。少し訂正が必要な部分は赤字で補足してあります。
(参考図書)
    
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インターンシップも始まってから1ヶ月がたとうとしています。インターンということもあり、アシスタント的な仕事、悪く言えば雑用的な仕事が多いのも確かですが、全部英語なので、雑用とはいえ、かなり英語の勉強にもなっています。さらには現場を直接この目で見られることはかなり大きく、毎日が勉強の日々です。3月の初旬にインターンが終わるのですが、あっという間に時間が過ぎてしまう気がします。

連載の最初のほうで、お金を生み出すことについての姿勢の違いについて日米比較をしました。(順序が前後しますが、先にこれを読んでも特に問題は無いので、後でこれについてはアップします)今回はややスポーツという話から離れますが、もっと踏み込んでビジネスの始点からその理念の根本は何なのかについてを説明したいと思います。ビジネスという概念が注目されスポーツに取り入れられる中、経営の根本的な考え方を知るのはスポーツの将来を考える上で非常に重要だと考えるからです。

アメリカと日本では経営に関し、コンセプトに大きな違いがあります。分かりやすくするためにここで株式会社の仕組みを簡単におさらいした後、エージェンシー理論、スチュワードシップ理論を紹介したいと思います。

まずは株式会社について説明します。世界史で習ったかもしれませんが、世界最初の株式会社は東インド会社だといわれています。17世紀始め香辛料が破格の値段であった時代、貿易で香辛料を輸入すればものすごい儲けが得られたものの、そのために大きな費用が必要でした。大きな船、大量の乗務員、長旅に耐えうる食料、などなどです。しかし船が海賊に合って破壊される、天災にあって沈没するなど、航海には大きなリスクを伴いました。成功したら大儲け、しかし失敗したら大損。当時貿易はギャンブルのようなものでした。そこで発明されたのが、株式です。東インド会社がお金持ちからお金を集めて回ります。「航海にはお金がかかるんです。もし貿易に成功したら、何倍にしてでもお金を返します。だからうちの会社を投資してください。失敗したら痛みわけになりますが、うちの会社は成功率のほうが高いんですよ、信じてください!」というような原理です。逆に伝統的な会社形態の有限会社(20065月の会社法の適用で、有限会社は株式会社の一部となることなりました)は、基本的に自分の手元の資金で経営をやりくりする企業のことを表していました。そのため事業の大きさは基本的に株式会社よりも小さいことになります。

簡単にまとめると、お金儲けできる規模の大きなことをするには大量のお金が必要。そういう事業は儲けも高いがリスクも高い。億万長者か一文無しの二者択一じゃあ一文無しになるのが怖くてやってられない。だから儲けもリスクもみんなで分け合おう。それが株式の基本的な概念です。

ここで理論が二つに分かれます。投資家(株主)がお金を払っているのだから、会社は株主に対してできるだけお金を返せるように努力しなければならない。これがエージェンシー理論です(ちなみにAgencyとは日本語で仲介、代理という意味です)。パワーは株主が持っていて、会社は株主から預かったお金をどうやりくりして、できるだけ増やしてお金を返す(配当)かが最大の焦点になります。(実際は配当だけでなく、値段が上がったあとに株式を売却する事による売却益も入ります)小難しく言うと、企業は株主の利益を最大化するために存在している、というのがエージェンシー理論で、アメリカの多くの企業がこの理念でもって動いています。だからアメリカの講義では「利益を最大化するのが経営だ!」と繰り返し、繰り返し、キーワードとして用いられます。

その一方で、企業が事業を達成するために、株主から資金を募っているのだとするのがスチュワードシップ理論です(Stewardshipとは経営、管理という意味です)。「私たちが達成したいことが第一です。達成にはお金が必要なんです。それに共感してくれて、お金を投資してくれたなら、もちろんお金を増やして返します。」これがスチュワードシップ理論の主な考えです。日本企業ではこの発想が強いといわれています。

エージェンシー理論では、株主のお金を儲けようという動機が、会社を突き動かすことになります。お金が儲けられる企業には投資化が積極的に投資し、企業はどんどんと大きくなり、大きな事業をし、また利益を得、投資をさらに得るというような循環をします。収益をより大きくしていくにはこの理論は有効に働くと思われます。しかしながら、株主の利益と、企業の利益が相容れないときに問題が発生します。たとえば株主がお金を儲けるためだけに多額の投資をしていて、これから企業が収益の低いがより理念に沿った事業を進めたいとします。しかしこの理論下では株主の意向を最優先しなければならないため、もし株主に、「そんな意味のないことをしたら株を全部売るぞ!」といわれたら、事業をあきらめるか、その優先順位を下げねばなりません。(実際は株を売られても、会社の資産残高には影響しません。株価の値下がりによって資金調達が難しくなったり、株主総会で意思決定を否決されたりする可能性があります)もう一つは株主から投資を得ようと、経営者が収益や株価の拡大だけを目的とした非倫理的な行動に出ることがあります。アメリカの超有名企業として知られていたエンロンのケースがまさにそれで、企業が社会一般に公開する報告書に収益を水増しして記載し、それを信じた株主達が投資を加速させました。その結果、莫大な資金がエンロンに集まったものの、正当な配当を返せるだけの実態が伴わず、経済に深刻な経済的なダメージを与えて倒産しました。多くの人たちが大量の資産を失ったといわれています。

続く
(次回投稿)http://hiro-tanaka-19840522.blogspot.com/2010/12/2.html