2011年12月31日土曜日

Point of No Return

2011年12月31日、今年も残すところあとわずか。2010年は自分にとって長い暗闇から抜け出した年だった。2011年は僕の中でどんな位置づけの年と言えるだろうか。

自分の歩む道を決め、退路を断った。恐らく、2011年はPoint of No Returnを踏み越えた一年だったんだと思う。

2011年は本当に色々あった年だった。きっと多くの人にとってもそんな年であったと思う。2011年3月11日の大震災。その不安の最中の姪っ子の誕生。家族と思えるような仲間との協同生活のスタート。自分の一番のヒーローだったSteve Jobsの死去。そして、年の瀬にNPO法人Sport Solutionの設立総会の実施。

(元WJBL選手の神事さんと一緒に行った気仙沼。その光景の壮絶さを表現する言葉は未だに見当たらない)

今までは想像でしかものごとを語ってこなかったけれど、色々な外部的な出来事の中で心が打ち震え、今年は情熱をカタチに変える為の決意をした大事な1年。


想い描く社会を現実化させていくためにはどうすればよいのか。そう考え、もがき苦しむ中で先ず分かったこと、それは自分の想いを現実化させるには、あまりにも今の自分には力が足りないこと。2010年、自分という刃を磨ぎ続け、走り抜き、自分にもある程度自信が持てるようになった時に分かったのは、未来を創っていくために想いを共有し共に走る仲間が必要だということ。そして、2011年、仲間と共に活動する場をつくり、仲間から信頼を勝ち得ようとしたとき、何がなんでも仲間の想いを形にし、次世代に未来を創っていくことへの決意と実行力が必要だということが分かった。

少しだけ、恐れと迷いが心を包んだ。もし、このまま夢の達成の為に生きるのなら、壮絶な程に走り続けなくては行けない。今持っている多くの事を捨て去らねばならない。

「自分は持ちこたえられるだろうか」

「もし、自分の言っている事が達成できなかったとしたら、多くの人の信頼を失い、惨めな人生を送ることにはならないだろうか」

けれど、その迷いと恐れをぬぐい去るのに、多くの時間はかからなかった様に思う。ここで踏み出さなかったときの30年後の自分を想像してみる。2011年に挑戦しない選択をしたことに後悔し、自分を責めているだろう。


日本人自身が日本人をバカにし続けた1990年代に幼少期を過ごした僕は、日本人が日本に生まれた事を誇りに思い、そして幸せだと思える様な社会をつくりたい、そして自分自身が生まれたこの国と仲間を世界中に自慢したいとずっと思ってきた。この夢に挑戦しない人生など自分にとってはありえない。


その為に、世界一の街を日本につくること。そのシンボルとして世界一のアリーナを建設すること。

そのアリーナにはもちろん世界一のスポーツチームがあって、自分の街を誰もが世界一だと思えるような街。スポーツイベントを通じて街の人々は定期的に顔を合わせ、仲間との繋がりとこの街に生まれた喜びをかみしめる様な街。世界一のスポーツを見るために、海外からも沢山の人が訪れる様な街。僕は人生をかけて、この夢を実現させたい。きっとその中心にはバスケットボールがあって、バスケットボールというテーマで世界を一番を感動させた漫画スラムダンクを超える様な感動がそこにはある。そんな夢を、そんな未来を僕は描いている。


心の底から愛しているバスケットボールを通じて誰かの役に立てる、そんな人生より素敵な人生は今のところ想像もできないし、きっとそれ以上の人生に出会う事も無いだろう。もしもっと素敵な何かに出会うとしたら、その夢が叶ったあと、違う人生に踏み出した時に見えるのかもしれない。

Steve Jobsはその晩年に何を思ったのだろう。彼は描いていた夢は叶えられたのだろうか。叶った先に、何を見たのだろう。数々の偉大な発明を残した彼も、死という生命の最大の発明の中に消え去ってしまった。


3月11日、大きく揺れるビルの中で初めて自らの死を意識した。自然が多くの命に覆い被さって自然の中へと引き戻していく中で、沢山の死がすぐ近くで訪れていることを感じた。いつ、何が起こるかなんて分からない。いつか自分も生命という流れの中に消え行くのなら、あとに続く命に何かを残したい。そして、いつその瞬間が訪れたとしても胸を張って自分の一生を振返れる様にしたい。

もう、戻れない。少しの時間も過去にすがることは許されない。けれど、恐れは無い。いつか自分という存在が無になるのならば、せめて自分の生きた足跡が次の世代につながる様、どんな批判も、どんな困難も未来への糧として受け入れていこう。この目に映る全てのものを挑戦として前に進んでいくのだ。2012年はそんな断固たる決意で突き進んでいきたい。
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2011年お世話になったみなさま、本当にありがとうございました!相談させて頂いたり、実際にサポート頂いたりと、本当に色々な方にお時間を頂きました。そのご支援を無駄にしない様、2012年は行動、実践して、その結果をご報告することで恩返しをさせて頂ければと思っています。2012年もどうぞよろしくお願いします!

2011年12月16日金曜日

僕らの未来を取り戻せ。

世界を悲観する傍観者の声に呑まれてはいけない。オトナ達が作り出した幻想の暗い未来から僕らの未来を救い出すなら今しかない、そう強く、強く感じている。この叫びが、どこか、同じ想いを持つ人に届き、いつか志を共にできることを信じて。

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日本人であること、日本人として生まれたこと。僕はそれを誇りに思うし、幸せに思う。

けれど、ふと周りを見渡すと、政治家をみて日本はダメだと嘆き、 GDPを見て日本はもう成長しないという。テレビや新聞を通じた日本悲観論、日本劣等論に一喜一憂し、ソーシャルメディアはネガティブなコメントで溢れかえる。  

ふと、自分の生活を振り返って見る。そんなに、生活に苦しんでいるだろうか。そんなに不平等だろうか。いま苦境にあるとすれば、よくよく考えれば原因は自分に無いだろうか。

日本ほど物的に豊かな国はない。これは断言できる。日本は世界一物的に豊かな国で、世界一、機会格差と貧富格差のない国だ。 

こんなにも誇るべき国を、一部のオトナ達の扇動によってナゼこんなにも汚されなければならないのか。子どもの頃を思い返してみる。ニュースで日本人が日本を褒めていたことがあった覚えが無い。 僕はずっと子どもの頃から日本人自身が日本を蔑む風潮に違和感を感じてきた。そしてそれだけ問題意識があるなら、文句をいう当人がナゼ行動しないのかと嫌悪感を抱いて生きてきた。 

世界のリーダーと言われたアメリカでは、格差縮小を求める暴動が後を絶たない。欧州危機でヨーロッパ各国では失業者の増加はとどまることを知らず、クリスマスの起源である欧州の街灯からクリスマスイルミネーションが消えた。中東各国では革命の中、多くの尊い命が失われた。実生活が脅かされている他国を見ても、結局は安定した生活を送れている日本がどれほど恵まれているかが分かるだろう。 

日本で物質的な豊かさが飽和してしまったその時、逆に心の豊かさは失われてしまったのかもしれない。だが、これはいつか成長の先に国家が必ず辿り着く場所だと思うのだ。僕たちは経済の飽和の先にある精神的な豊かさを追求する道を探さねばならない。 その道を世界に示すことができた時、日本は世界に歩むべき光を示すことができると僕は強く信じているし、そう考えたら日本の未来は決して暗いものなんかじゃない。 僕ら世代の知らぬ戦後の復興の様に、きっと日本はまた甦ることができる。



傍観者のオトナ達よ。勝手に僕らの未来を汚さないでくれないか。戦後、失った友の命の分も懸命に生き日本を甦らせた偉大なる先輩達の功績に乗っかってきただけの貴方達の言い分はもうウンザリだ。他人を批判するだけしておいて、何も行動しないなんてカッコ悪いことはもうやめようじゃないか。もうそろそろ僕はワカモノ達からオトナ達へとくくられる。けれども、僕は傍観者だらけのオトナ達の世界に足を踏み入れるつもりはない。僕が選ぶのは、未来に向かって歩む行動者の世界だ。 

震災によってやっと僕たちに何が足りないのか、何が本当に大事なのか、僕らは実感することができたんだと思う。行動しなければこの国の中で大切な命が時間とともに失われていく感覚は今まで僕らが経験し得なかったことだ。震災で失ったモノは本当に大きい。けれど、被害を受けなかった人間まで下を向いてはいけない。批判の目、既得権益、些細な体裁にとらわれて国家の再建が遅れていくことは震災の悲劇の再来を意味することになる。

忘れてはいけない。暗い日本の未来は傍観者のオトナ達が勝手に作り出した幻想で、いつだって僕らの未来は 僕ら自身の手の中にある。そして次世代の子供達の未来も、今を生きる子供達の手の中にある。僕らが次世代にするべきことは彼らに未来を押し付けることではなく、彼らが自らの足で立つその日に自らの道を選択できる様、道を切り開くこと。 

先ず僕たちが自分の歩んできた道を誇れる様、精一杯自らの足で今を歩むこと。公明正大を貫き、堂々と胸を張れるような 歩み方をすること。進むべき方向に困難がある時は臆せずに立ち向かうこと。 僕らが僕らの未来を掴んだ先に、きっと次世代へ輝ける選択肢を残すことができると僕は強く信じている。



意志ある人たちよ、今、立ち上がろう。今こそ、僕ら自身の手で僕らの未来を取り戻すのだ。


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日本人が日本を誇りに思えない現状への悔しさを、自ら現状打破へと動き出す意志を、次世代には同じ悔しい思いをさせないという決意を、そんな想いを共有できる仲間とやっと出会うことができました。

充電だけの時間は一旦終わり。これから本格的に動き出します。具体的に近日中にNPOを発足させます。このblogを読んでくれているみなさんに、これからは僕の考えだけではなく、僕たちがとっていくアクションを報告できる様に頑張ります!

2011年12月15日木曜日

Twitterが無くなることはあるのか?「サービスを選ぶ」は「会社を選ぶ」

めちゃくちゃ久しぶりの更新です。

12月15日8時現在、Twitterが調子悪いみたい。facebookと比較するとTwitterの方が不具合の頻度が多い様に思う。多分、それは運営側の能力によるもの。財務情報見てないから規模の差は確実には分かんないけれど、相当社員数・資本規模が違うと思う。運営する会社の能力が違えば、ミスや不具合の量も当然変わってくる。

そう考えると、今後半永続的に使う予定のサービスを選ぶ時はそのサービスの質だけじゃなくって、そのサービスを運営する経営者の能力も消費者は見るべきなんだと思う。googleもAppleもfacebookもtwitterも会社が潰れてしまったら使えなくなってしまう。ほんとにいいサービスだったらどこかが買い取るけど、多分買収先の機能を基に特質が収斂して、被買収先のサービスの受益者は不都合を被る事になるのだと思う。実際、昔使ってたブログの会社が事業撤退して、ブログが無くなっちゃったこともあった。

会社も含めてサービスを選ぶ目、会社が潰れたときのことも考えたバックアッププラン。規制緩和と自由が進めば進む程、「判断」と「選択」の「結果」の責任が全て自分に降り掛かってくる。

もし、googleが潰れたとしたらたぶん、今までの連絡先を全て失いgoogleを責め立てる人が出てくると思うけど、googleは僕らから一銭もお金をとってない(有料サービスも一部はあるけど)。googleから使ってくれなんて営業マンの接待を受けた事も無い。

よくよく考えてみれば、自分の「判断」でyahooでなくgoogleを「選択」しただけであり、根本の責任はgoogleというサービスとgoogleという会社を選んだ自分なのだ。「会社を選ぶ」という隠れた自分の行為がほとんどの人にとって意識されていないというのが現状なのだと思う。

サービスを選ぶ時にそのサービスを生み出す企業や経営者にも目を向けること。TPPなんかで自由化が進み、実力がない企業は淘汰されていく時代にはとても重要になるんじゃないかと思った。

なーんて。昨日、会社の戦略的パートナーの財務分析をしていて、今日は休暇で思いがけず早起きして、ちょっと時間があったのでこんな事を書いてみたりしたのでした。