2015年3月9日月曜日

創造的人生の持ち時間

「風立ちぬ」から

”創造的人生の持ち時間は10年だ。君の10年を力を尽くして生きなさい”

宮崎駿が最後に創ったこの作品。今までの彼の名作映画からしたら、少し首を傾げたくなるような配役や描写、えっ、これだけ?という様なシーンもあるこの映画。最後の最後に聴衆を気にせず、宮崎駿が本当に創りたいものを創った、ということな気がしてならない。

このカプローニの台詞に、世界のアニメ映画を先導した宮崎駿の強い想いがこめられている気がした。

人間が物事に死力を尽くせるのは長くても10年、そして10年やって結果が出なければ、もう何年やっても結果が出ることは無い。なんだか、納得できる気がしてしまった。

バスケ業界を変えるんだと思った20歳の頃から10年、創造的人生は終わってしまったのか。はたまた、今までは準備期間で、バスケ業界に身を置いた1ヶ月のみが創造的人生の消費時間だったのか。

きっと、もっともっと先に創造的人生が待っていると信じて、今は力を蓄えることにしよう。風が吹く、その日を信じて。

2015年3月8日日曜日

憎悪の渦

今話題のアメリカンスナイパーを観ました。永遠の0も遅ればせながら、つい最近鑑賞。



感想は、、、

どんな強い意志と、まっすぐな信念があったとしても、大きな憎悪の中に飛び込めば誰もがその一部になってしまうということ。

それは誰が良いとか、誰が悪いとかではなく、報復はあらたな憎しみを生み、大きな憎悪は全体を間違った方向へと導いてしまう。

じゃあ、どうやったら憎しみの連鎖を断つこととができるのか。。。それは、外から人間が飛び込んでできることではなく、「意図せずに不条理に巻き込まれたけれども報復をしない選択をするリーダー(長い笑)」が対立軸のどちらかに現れるかどうか、のような気がする。要するに、争いを治めるための最善の解決策は、当事者の間に善なる心が芽生えるのをひたすら待ち続けること、そんな気がする。

だったら、目の前で不条理が繰り広げられ、怒りがこみ上げてきたらどうすればいいのか。

それは、怒りに燃える他の誰かを、笑顔で穏やかにすること。なんとも小学生の作文の様な答えだけど、本当にそれくらいしかできないし、それ以上のこともできないと思う。

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戦争とは比にならないけれど、自分もついこの間、憎悪の渦中に自ら飛び込んで、自分が憎しみの一部に染まり、怒りに支配された瞬間があった。


決して、自らその憎しみの渦中に飛び込んではならない。大切なものを全て失う覚悟がないのならば。そして、、、大切なものを全て失ってまで勝ち得るものなど、何もないのだと思うのだ。

自分の愛するものが憎悪に飲み込まれそうなとき、何が本当に正しいのかを見極めることの大切さ。ドラマやヒーローアニメで刷り込まれた、分かりやすく「正義」っぽい行動に、心が酔ってしまわないように、本当に大切なものを守るためにも。

そんなことを思った。

2015年2月24日火曜日

悠々と

季節の変わり目に、ランダムに音楽をかけてみる。なんども聞いたはずの曲なのに、今になって意味がわかったり、共感できなくなってたり、あの頃を鮮明に思い出したり。

ぐるぐると繰り返しているようで、一つとして同じものはなく、ちょっとした変化に嬉しくなり、寂しくなったり、大切な人を想って恋しくなったりする。

そんな、ささやかな変化と、細やかな心の動きがなんとも心地よくて、自分の時間が悠々と流れていているのを感じる。



たくさん刺激を追い求めてきて、たくさん挑戦をしてきて、自分のために戦って、誰かのためにボロボロになって、苦しんで、喜んで、大きな変化を受け入れて。あの時も確かに幸せも生きがいも感じていたはずなのに、結局は自分が最後に求めているものは、この場所なんだと思う。

答えを分かっていながら、また、本当の答えがそこにないはずの大きな挑戦へと心が自然と戻っていこうとするのは、まだ自分には大切な人の心を悠々とさせ、守り抜くほどの力がないことを本能的に感じ取っているからなんだろう。

もう、振り返らずに、新たな場所へと進もう。今度は一人じゃなく、またいつか、大切な人とこの場所に戻って来るために。

2015年2月21日土曜日

目標

目標をたてる年があったりなかったり。極度に切羽詰まっているときは、blogの更新が途絶えます(汗)


もう、1年の目標を!というには随分時間がたってしまったけれど、今年のテーマを備忘録として。

「緩めること」「のんびりと待つこと」そして、「笑う」こと。

いつの日かテーマとした「笑顔」ではなく、「笑う」それが、今の自分にはとても大事な気がする。

今年はなんだか、自然に自分が変わっていく、とてもいい1年になる予感がする。

コンタクトレンズ

ずっと目がゴロゴロしていて、ある時、突然コンタクトレンズの破片がポロっと落ちてきた。

うまくいかなったり、違和感を感じるものが、ふとした瞬間で本人には何だったのか分からないきっかけで、すっと解決していく。

なぜうまくいかなくなったのか本質が見えないときにできることは、ただ待つことだけなのかもしれないね。

各駅停車

ふと、今日は一般道で、行ってみる。

ハイウェイでは景色でしかなかった窓から見える眺めが、下の道を通ると生活になる。

ゆっくりと進むことでしか見えないものがあるならば、立ち止まることでしか感じることのできない何気ない生きる温もりが、ある。

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友達んちに遊びに来たら、ふとした瞬間に友達が昼寝を始め、自分もつられて昼寝をはじめ、自分は目を覚ましても、まだ友達は寝てる。まあ、こういうのもいいか、と。

何もしなくても、なんだか面白いこの不思議な状況を、なんだかニヤニヤしながら楽しんでおります。

2015年2月15日日曜日

敗北を受け入れること

ブログでの正式な報告をしていませんでしたが、2014年11月に6年半勤めた三菱商事に辞表を提出、つくばロボッツに飛び込みましたが、チームの経営方針と折り合いがつかず、正式な雇用契約を巻く前に採用を辞退しました。

正直、悔しい想いでいっぱいです。

ファンにも、選手にも、少しだけ一緒に働いたスタッフにも、必ずロボッツを日本一に導きますと大口を叩いて飛び込みました。

けれど、結局何もできなかった。単に自分のチカラ不足でした。

でも、今はもう、この悔しさのエネルギーの矛先は、完全に自己の成長へと向いています。



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たくさん、たくさん、前の会社では得ることのできな経験をしました。たくさんの出会いがありました。

三菱商事という日本では有名な企業で働ける誇りは、いつの間にか捨て去ることの難しい歪なプライドとなって、どこか自分の本当の気持ちを閉じ込める重しとなってしまっていました。

けれど、それを一旦捨て去ってみて、三菱商事で働いた日々や、私を育てて下さった素晴らしい方々との出会いが、どれほど自分の人生を彩らせてくれたものだったか、そしてそれが今も自分の中で輝き続けているか、それを素直に誇ることができるようになりました。

そして、自分の好きなコト、好きな場所、好きなヒトに真っ直ぐと向き合うことがこんなにも清々しいことだと気がつけたのは、何より大きな収穫だったと思います。

だけど、結果は色々な人に迷惑をかけたし、心配もさせてしまった。大切なヒトをがっかりさせてしまった。何も期待に応えられなかった。


悔しい、悔しい、悔しい!


この悔しさ、この結果はすべて受け入れて、心に刻みつけておこうと思います。

二度とこんな悔しい思いをしないよう、手の届く範囲をしっかりと見極め、ひとつひとつの目の前のチャレンジに、ひとつひとつの目の前の出会いに、逃げることなく真正面から向き合っていきます。

バスケに限らず、嬉しいことも苦しいことも色々なことがいっぺんにありすぎたので、今はバスケをプレーすることを中心に、のんびりと「今」楽しむことに集中していますが、少しずつ動き始めています。



進路も固まりつつあるので、進路が確定次第、この場でご報告しますね。

今後とも、どうぞ応援よろしくお願いします!