2010年11月14日日曜日

情熱からの解放

突然の友人の予定のキャンセルで、久しぶりに何の予定もない休日。仕事もうまく回り始め、休日もかなりアクティブになったここ約3ヶ月間。一瞬一瞬がもったいなくて、仕事を頑張るのはもちろん、ネットワーク作りと思って常に人に会って、魅力的な人になる為と思って遊ぶときはとことん遊んで。朝の5時半におきて、夜中の3時まで遊んで友人の家に泊り、始発で帰って出社なんて日が続いていた。

昨日もハーバードでMBAを取ったアメリカ人と話をする中で、努力次第で世界を相手に戦えるビジネスパーソンになれるという確かな手ごたえを掴んで、心は燃え上がっていた。

そんな中、思い掛けず訪れた休日。何もない、誰との約束もない、全てその瞬間瞬間の気分で何をしようか決める。偶然にも予定の空いていた仲間たちと時間を過ごす。そんな一日が、なぜだか3ヶ月の間で、むしろ今までで一番幸せだった。


ふと、思った。なぜ僕は働くのだろう。

夢の為?学生の頃に描いていた一番でっかい夢は現実味を帯び、目標になった。
じゃあ目標の為?確かにそうだ。目標が僕を突き動かし、困難に直面したとき、前に進む勇気を与えてくれる。

じゃあ、人生をかけて頑張って、仮に目標を達成したら僕の人生には何が残るのだろう。

何の為に生きるのか。


頭では信念を貫き、目標を達成する為だと言い聞かせてきた。でもきっと僕の心は信念や目標の為に生きているのではない。きっと心は、信念を貫き目標を達成した後の自由を求めている。

揺るがない信念と確たる目標が一つになった時、困難に立ち向かう勇気と爆発的な心のエネルギーを与えてくれる。信念を唱え、目標を高らかに宣言する事によってさらにその力は強まっていく。しかし、それと同時に信念と目標は自分を縛り付け、自らの言葉に従わねばという義務感がうまれる。

その義務感すら今日の今日まで楽しんできた。でも、今日、この一日が一番幸せだと感じてしまった時、何が何だか分からなくなってしまった。涙が溢れて止まらなかった。

バスケが大好きで、僕を育ててくれた日本のバスケの為に生きていきたい。その言葉に嘘偽りはない。膝を手術して歩くのすらままならなくなってしまった時、愛するバスケが目の前から消え去り空っぽになってしまった時、バスケを心の底から呪った。バスケにほとんど人生を費やしてきた僕から、バスケ無しでは生きていけない僕から、なぜバスケは逃げて行こうとするのか。バスケに出会わなければ、もっと楽な人生を過ごせていたはずだと心の底から思った。でも、どう憎んでも呪っても結局バスケを嫌いになる事などできなかった。


バスケの無い世界を生きることができるとしたら、もう一度人生をやりなおせるとしたら、どう生きようか。



大学ではテニスサークルに入って、気になる女の子と日が暮れるまでラリーしよう。夏には海の家でバイトして、一夏の恋にときめこう。限界まで筋トレと練習しまくってホームランが打てるかチャレンジしよう。ディズニーランドでキャストをやって、子供達を最高の笑顔にしよう。音楽教室を開いて自分の好きな歌をたくさん子供達に教えよう。日本中のJazzバーにいって素敵なJazzバンドを探しに行って、どうだ日本のJazzも凄いだろと友達に自慢しよう。ホルモン焼きをめぐり巡って、日本一のグルメ本を出版しよう。海外青年協力隊に入って、貧しい人を助けに行こう。ヒッチハイクで世界を回り、お金がなくなったらそこで稼いで、ずっと旅しよう。世界の山々に登って、てっぺんでオカリナを吹こう。彼女をバイクの後ろに乗せて、北米の西海岸を縦断しよう。ずっとずーっと、大好きな人の隣にいよう。信念だの目標だの偉そうなことは言わず、その瞬間にやりたいことをして生きていこう。そこにバスケがなくても、どれを選んだってどんなに自由で、どんなに素敵な人生だろう。

僕が信念と目標の為に生きる限り、こんな夢は叶わない。でも、もう戻れない。

バスケへの情熱に共鳴して今まで助けてくれた人達、今の自分を好きだと言ってくれる人達、僕の描く未来を応援してくれている人達。その人達の期待を裏切ることが何よりも辛いと思ってしまう今、他の生き方は僕にはもう出来ない。ある人はお前になんか誰も期待していないと言うだろう。でも、26年間バスケのあるところへ全力で走ってきた僕の心の向きを変えることは、もうできないのだ。


僕が本当に自由になれる日、それは今掲げる目標が達成された時。スラムダンクを超えるバスケが現実化した時。あの日あの人との約束、達成の為のTo do、あるべき自分の姿で居続けることのプレッシャー、情熱が生み出す全ての束縛から解放され、もう一つの人生が始まる日。目標が達成される確証なんてない。もしかしたら死ぬことによって初めて自由になるのかもしれない。でも、自由になる日の喜びを想像しながら、僕は生きていたいと心の底から思ってしまった。


バスケへの情熱だけを拠りどころとしていた僕。少しだけ、大きな気持ちで物事を捉えられるようになった気がした。